先日、まだ未成年の聴覚障がい者の方が交通事故に遭ってお亡くなりになり、裁判所へ訴えたところ、事故がなければ将来得られたであろう収入(逸失利益と呼ばれます)に関して、全労働者の平均年収の85%をもとに算出するのが相当との判決がありました。
 裁判所は、逸失利益は、被告側の障がいのない人の6割という主張は採用しませんでしたが、原告が主張していたような、障がいのない人と同額とまでは認めませんでした。

 この判決を、皆さんはどう受け止めますか。

 事故で人が亡くなった場合、損害賠償請求という方法で、被害の回復が行われます。遺族の方にとってみれば、お金ではなく、その人を返してほしいという思いをお持ちでしょう。しかし、それは叶わないので、今の法律では、損害を算出して、それを加害者が支払うという方法をとるほかありません。
 人が亡くなった場合の損害は、慰謝料、逸失利益、葬儀費用などがあります。

 誤解のないように確認しておきます。
 慰謝料(精神的損害)と葬儀費用などは、収入や亡くなった方がどういう方であったかとは関係がなく、ほぼ同じように損害が認定されます(もちろん、事情によって増額されたりということはありますが)。したがって、障がいのある人とそうでない人との間で基本的に差はありません。

 損害額に大きな違いが出るのは、「財産的損害」として考えられている、事故がなければ将来得られたであろう収入(逸失利益とよばれます)です。財産的損害の典型例は、事故で自動車が完全に原形をとどめず壊れてしまったような場合、その時価がそれにあたります。50万円の車もあれば、1000万円の車もあります。所有していた自動車によって、損害額は変わります。逸失利益もそれと同じように考えられ、裁判では、現実の収入がある場合には、その収入をもとに逸失利益が算出されます。例えば、年収1億円の人と年収200万円の人では、結果的にもらえる逸失利益の額に大きな差が出るのが現実です。これは、その人が得ていた「収入」という金銭に着目するため、「財産的損害」に差が出るということになるのです。

 問題は、今回の事件のように、亡くなった方が、まだ働いておらず、将来いくら収入が得られるか亡くなった時点では分からない場合です。これまでの裁判でもいろいろなことが問題となってきました。

 古くは、「得られる収入が分からないから損害はない」という結論も仕方がないと考えられた時代もあったようです。しかし、さすがにそれはおかしいということで、不正確さを伴っても、できるだけ経験則などによって算定しようということになり、まだ働いていない人にも損害が認められるようになりました。

 次に問題になったのは、男女間での差です。
 女性については、統計上平均賃金が男性と比べて低いために、就職前の女性について、男性と比較して逸失利益に大きな差があった時代もありました。
 でもそれも、その格差は不合理だろうということになって、現在は、就職前の女性についてもその計算方法を改めて女性ではなく全労働者の平均賃金を用いることで、その差はかなり埋められています。

 今回の判決では、健常者と障がい者との差が問題となりました。結論としては、全労働者の85%を認めるというものでした。

 この判決の評価は人によって異なると思います。
 ただ、言えることは、かつては、計算が難しいので損害がないとされたことも、計算方法を考え出して損害を認めるようになり、男女間で差があったことも、その差は縮まるようになり、さらに、今後、障がいがあるなしでも差が縮小する方向になるかもしれません。

 損害賠償のお話を書きましたが、このように裁判も、ずっと変わらないものではなく、常に社会との関わりの中で変わっていくものです。
 社会がどのように考えるか、ひいては私たち一人一人がどのように考え、どんな社会を実現したいのかによって、裁判の結果も変わるのだと思いますし、そうでないといけないと思います。

弁護士 渡邊真也