弁護士は、紛争の解決について依頼を受けるに当たり、何をしたいのか、どのように解決したいか等、要望をお聞きします。その上で、依頼者のより利益に適うような解決を目指します。
 多くの場合は、依頼者の要望を実現することが、依頼者の利益に適う解決となります。

 しかし、ときには、依頼者の要望をそのまま実現しようとすると、依頼者の利益につながらないこともあります。

 例えば、債務整理に関し一部の債権者への支払は継続したまま破産したいとの要望があります。しかし破産手続きがすべての債権者に対する公平な法的清算手続きであることから、そのような一部の債権者に対する弁済が発覚した場合、破産手続きをとっても借金を帳消し(法的には免責といいます)にできなくなる可能性があり、お応えできません。
 また、気に入らない社員がいるから解雇にしたいという要望があっても、弁護士が検討した際に解雇となる事由が認められない場合には、仮に解雇をしても、後に争われたときその解雇は無効となる可能性があります。そうすると、解雇を言い渡された従業員が、解雇を通知されたことにより勤務できなかった期間の賃金や慰謝料まで支払わなければならないことがあります。そのため、この様な場合には、すぐに解雇の措置を講ずるのではなく、対象従業員に改善の見込みがない場合に将来的に解雇とする方策等について検討することがあります。

 これら2例は、要望のとおりに解決しようとすれば、依頼者に大きな不利益が生ずる可能性がある場合です。

 また、離婚事件において、離婚に至る経緯や相手方への不満等を相手方に主張してわからせたいという要望があった場合でも、弁護士としては、そのような主張を行わない方がいいと考えることもあります。それは、当事者間で離婚すること自体は争いがなく、慰謝料の請求予定がない場合で、依頼者が早期解決を求めるときなどです。このような場合に、相手方への不満を事細かに主張すれば、不要に紛争が激化してしまうおそれがあるためです。このような場合、弁護士としては、紛争が激化するリスクを説明したうえで、それでもなお主張したい場合には、主張する範囲や表現方法についてかなり慎重に配慮したうえで、主張することを検討します。

 私は、紛争の解決を弁護士に依頼するメリットの一つとして、法律の専門家が第三者の立場で、法的観点から冷静に事案を分析検討して対応できることにあるのではないかと考えています。
 そのため、私は、依頼者からの要望をお聞きしても、法的観点や冷静な第三者の立場等から検討したときに、その結果や方法が依頼者の利益に適わないと考えれば、上記の例(ほんの一例です)のように依頼者の要望のとおりには対応しかねることもあります。
 これは、依頼者の要望をお聞きしていないのではなく、むしろ良くお聞きした上で、様々なことを考慮した結果、その要望のとおりに対応しない方が依頼者の利益になると判断しているからです。
 そのように考えると、むしろ、弁護士が依頼者の言うとおりに対応しないときや回答が気に入らないときは、弁護士に依頼するメリットを受ける場面なのかもしれません。

 とは言っても、依頼者にとっては、要望と異なる回答や対応があることについて、納得しがたいものです。弁護士としては、なぜ要望と異なるのか、わかりやすく説明し、理解いただくことや、より実現可能な次善の解決案を提示する努力を惜しまないようにしたいものです。

令和5年4月5日
弁護士 伊 藤 龍 太