今般、新型コロナウイルス感染症が急激に拡大している状況を受けて、政府では、コロナ特措法を改正して罰則を導入しようという動きがあります。
具体的には、①入院を拒否したり、入院先から無断で外出した感染者に対し、1年以下の懲役または100万円以下の罰金、②保健所の調査を拒否した感染者に対し、50万円以下の罰金、③緊急事態宣言中の都道府県知事の事業者に対する休業や営業時間の短縮に関する命令について、違反者に50万円以下の過料、④緊急事態宣言が発出されていなくても、都道府県知事の事業者に対する営業時間の変更に関する命令について、違反者に30万円以下の過料、といった内容で検討されているようです。
「過料」とは、秩序罰と言われるもので、刑罰とは異なり、前科にはならないものの、過料が科される場合には、強制的に国から財産を徴収されることとなります。また、過料が科されるということは、その対象となる義務は、強制力を伴う義務ということとなり、これまでの自粛要請とは全く性格が異なるものとなります。そして「懲役」や「罰金」は、皆様もご存じのとおり刑事罰であり、これらが科される場合には、刑事裁判を経て、前科となります。
当職は、上記改正案における過料や罰金等の導入は、厳に慎重になるべきと考えています。
まず、「懲役」や「罰金」といった刑事罰は、これが科される場合には、刑罰自体の不利益に加えて、これが前科となり、対象者に対し強い社会的影響を与えられます。そのことから、その他の手段で目的達成が可能かどうかまず検討されるべきで、刑事罰の導入は最後の手段であるべきとされています。
刑事罰の対象となっている①や②については、なぜ入院拒否という事例が生じるのか(医療費の負担や収入減少が考えられます)、なぜ保健所の調査に対し感染者が調査拒否するのか(自身の行動歴が他人に知られた結果、誹謗中傷の対象となるのを避けたいと考えている可能性があります)、詳細に分析し、これらの事象を防ぐために他の手段ではなく刑罰を科さなくてはいけないのか慎重に検討されるべきです。またこれらの刑事罰は、感染者を刑事罰の対象としていることから、感染の疑いがある場合に、その者が医療機関に受診しなくなってしまう影響も考えられます。その場合には、感染者の早期の隔離や適切な医療の提供が困難となり、むしろ感染拡大の要因となり得るという弊害も考えられます。
また過料の対象となっている、③、④については、過料が科される場合には、前科とはならないものの、強制的に経済的な不利益を被ることとなります。またこの改正により、事業者に対し、休業ないし営業時間を短縮しなければならない法律上の義務が生ずることとなり、以前から一部であった自粛要請に従わない事業者に対する誹謗中傷が、命令に従わない事業者に対する場合にはさらに激化することが予想され、国民間で分断や軋轢が生じる原因にもなります。
休業要請等に従わない事業者については、要請等に従わないことについて、自身の生活や従業員の生活を守ることができないなど、やむを得ない理由がある場合が多いと考えられます。
事業者に対する休業要請等は感染症蔓延の防止という、国民全体の利益のために、一部の事業者に強い制限を加えるものであることから、その損失については正当に補償されてしかるべきです。この考え方は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と規定されている憲法29条3項(直接適用されるかどうかは議論があるところですが、ここでは立ち入りません)と、公共のための犠牲に正当な補償を求める点で同じです。
したがって、そのような理由によって、休業要請等の自粛要請に従わない事業者が出ないように、要請に応じても生活が維持できるような十分な補償について検討されるべきです。そのような十分な補償がなく、一方的に過料を伴う義務として、休業要請に従わせることは、公共のための犠牲に正当な補償を求める憲法29条3項の理念に反するものと言えます。
以上より、上記改正案については、罰則を伴わないその他の手段について検討されたかどうか明らかではなく、罰則を伴う義務とすることによる副作用(感染を疑われる者が医療機関に受診しなくなることや、命令違反に対する事業者に対する誹謗中傷の激化等)が生じる可能性が十分に考えられることなどから、罰則の導入は見送られるべきです。
令和3年1月21日
弁護士 伊 藤 龍 太